No day but today

ミュージカル関連をディープかつマニアックに語りたいがために作ったブログです。普段はTwitterに生息→@musicalamnos

目次的な

整理のために目次的なものを作ってみました(・∀・)

 

2017年

 

 

フランケンシュタイン(全4記事)

 

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ノートルダムの鐘(全9記事)

 

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レ・ミゼラブル(全7記事)

 

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上半期観劇録(全3記事)

 

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海宝直人さん関連

 

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ファインディング・ネバーランドを観て欲しい(直球)

 

ファインディング・ネバーランドを観てほしい。

 

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先日シアターオーブで来日公演を行ったファインディング・ネバーランドを観に行きました。

いやー今までの観劇人生の中で、ミュージカル好きに絶対に観てほしいとこれほど強く思った作品はなかった。

 

開幕後、観劇したミュージカル役者、ミュージカルファンの大絶賛がツイッターに溢れかえっていました。

個人的には直接会った何人かにも勧められたし、この作品を勧めるために1年ぶりにLINEが来た人も。笑

こんなにみんなが口を揃えて良いと言う作品に出会ったことがなかった。

そんなことある?って正直少しの疑いを持ちながら観に行って、納得しました。

これはずるい。

 

そしてみんな観て。

 

この作品のどこがそんなに良いのか、そしてどうして観てほしいのか。

まとめたいと思います。

 

※ネタバレに関して 

大まかなあらすじや、そこだけでは真髄に触れないと私が思う部分的なシーンの参考動画(公式より)はすでにこの下から入ります。

さらに深い話をするためにもう1段階ネタバレが入るタイミングがありますが、

そこは改めて注意書きをしています。

個人的にはこの作品はネタバレで見方が変わるような話ではないと思っていますが、

嫌な方もいると思うのでそこは自己判断でお願いします。ね。

 

 

まずは最低限の作品知識を。

ファインディング・ネバーランドとは

ジョニーデップ主演の映画"Finding Neverland"(邦題:ネバーランド)のミュージカル化。ということで2015年にブロードウェイで初演。

ストーリーを超シンプルに言ってしまえば、

スランプ気味の劇作家バリが、4人の子供たちと未亡人であるその母親シルヴィアと出会い、交流を深める中でピーターパンという作品を生み出す。という話。

ピーターパン誕生秘話ですね。

 

どう?そんなに面白くなさそうでしょ(小声)

確かにまあストーリーは上記の通りで間違い無いんですよ。

ある意味王道、いくらでも聞いたことのあるような話。

個人的にはあらすじを聞いても全く興味を惹かれなかったのが問題の1つだと思っています。

ピーターパンが好きな人しか興味をそそられないというか。

 

でもね!!この作品そういうストーリーあまり気にしなくて良いです。

ピーターパン好きじゃなくても、詳しくなくても、何も問題ない。

(もちろん好きな方は大いに楽しめると思います!)

むしろこの「ピーターパンの誕生秘話」という煽りが足を引っ張っている気がするので、

ここでうーんと思った方もそのまま気にせず観てください。

 

観れば、この作品においてこのストーリーがテーマを描き出すのに非常に適していて、効果的なことが分かります。

 

おすすめポイント

音楽が美しい

これに関しては割と個人的な好みも入ってくる気がしますが、、

この作品は音楽も素敵です。

今回、作曲作詞はイギリスのグループTake Thatメンバーのゲイリー・バーロウさんという方が担当。

今作が初ミュージカル楽曲だったそうですが、凄いね。。才能はジャンルを超えるんだね。

アップテンポの曲も良いけど、バラード系の美しさ切なさが絶品。

音楽の良さを表現するのは難しいけど、とても美しくてキラキラしていてどこか物悲しさがある。心に染み入るような曲が多いです。

※動画はホリプロオンライン公式のものです。

www.youtube.com

 

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非現実的なパフォーマンス

現実ではまずないレベルの誇張気味のパフォーマンスというか。良い意味で。

例えばアンサンブルのダンス1つ取ってもコミカルでアクションが大きめだったり。

人間の可動域と身体能力を思いっきり使っているなと感じます。

いかにもミュージカル的な部分が多い。

私はもともとそういう典型的なミュージカルっぽさが好きなのでただでさえ好みだったんですけど。

その大げささがまったく違和感なく世界に溶け込んでいるところがとても良いなと。

現実の世界でも、「想像」の世界でも。

この動画の2シーンなんかは、同じように非現実的でありながらも、

1つ目の後半は(ある程度)現実の世界で誇張表現が思いっきりされているし、

2つ目は衣装からセットから完全なる想像の世界。この曲の大砲の音と振動が客席を揺らす大迫力!

※動画はFindingNeverland公式のものです。

www.youtube.com

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ただもちろん全てのシーンがそんな感じなわけではなく、シンプルに役者の歌唱と心の交流のみで成立させているシーンもいくつもあります。

 

さて、

ストーリーは目新しくない。

音楽は美しい。

パフォーマンスが非現実的で楽しい。

 

あれ、こんな作品いくらでもあると思いません?

ここまではことごとく絶賛される理由にはならないと思います。

 

じゃあ、なぜこの作品は観た人の心に響くのか。

私が考えるその最大の理由は、

この作品が誰にとっても「自分自身の話」になるからではないかと。

バリとシルヴィアとその子どもたちの話は、観ているうちに自然と自分自身と重なっていき、

最後のあまりにも美しいシーンでそれぞれの1番大切な何かをそこに感じるのです。

 

このシーン、純粋に綺麗だし見事です。

でも単独で映像で見てみたところであの感動はびっくりするほど、ない。

 

なぜなら、あの時間あの舞台を観ながら各々の心の中に溜まった気持ちや想い、

そして最高潮に高まった「想像力」があってこそあの美しさは意味を持つからです。

こればかりはいくら言葉で説明しても無理だと思う。

 

体感して欲しい。あの鳥肌が立つような光景を。

そしてそのとき自分が何を感じるのかを。

 

これこそがミュージカルが好きな人みんなに1度この作品を観て欲しい最大の理由です。

さらに言えば、何度観てもきっと素敵だろうけど

初めて観た感覚はたぶんずっと超えられないタイプの作品だろうなとも思います。

だから1度目を大切にして欲しい。

日本キャストがその1回目に相応しいものに仕上がるのか、私は正直あまり期待を持てていません。色々な要素で。

(ちなみに1つは制作費が全然違うだろうと予想されること。)

  

あともう一つ、この作品にやられるのは特に大人だと思います。

その理由としてはこの作品の2つの大きなテーマ。

(これは正直子どもが見ても理解しきれるとは思いません。

もちろん子どもは子どもとしての見方があるだろうけど、子どもでしかいたことがない限りこのテーマは感覚として分からないだろうな。。)

誰しもが経験して来た子どもから大人への成長。

人が多かれ少なかれ必ず持っていて、ミュージカルが好きな人は平均値よりもさらにその部分を大切にしていると思われる「想像力」。

このテーマって触れられると信じられないほどに心をかき乱されるんですね。

それをこの作品は直球で描いている。

観ている間ずーっと自分の心を掴まれて揺さぶられているような感覚です。

誰もが「当事者」になる。

自分自身を見つめて、自分の心と向き合って、自分が何を大切にしているのか、に改めて気づかされる。

もしかしたらそこに見るのは自分が失ってしまったものかもしれません。

友人と話していて、あーこれ人によって少しずつ違うんだなと思いました。

でも当たり前だね、だって生きてきた人生が違うんだもの。

 

テーマとしてあげた「想像力」ですが、

乱暴に言ってしまえば「子どもの想像力」と「大人の想像力」の2種類があって、

その両方が描かれていることがまたこの作品の重要な部分だと思っています。

 

ちょっとこれ以上はネタバレをせずには詳しく話せないので、

ここから先は多少のネタバレも含みます。

個人的にはこの作品において内容を知らないで初見に挑む必要性はあまり高くない、

というか体感が全てなので予備知識の有無はあまり関係ないと思ってますが、

どうしても知りたくなければストップしてくださいね⚠️

 

 

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海宝カジモドin京都 2幕詳細

2幕に続きます。

まだの方は1幕からどうぞ!総括もあるよ!

 

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エジプトへの逃避

クワイヤの余韻に一瞬浸るも、カジモドのうろつく姿に1幕ラストからの繋がりを感じてすぐに気持ちが戻ります。(私が)

1幕ラストと2幕頭がしっかり繋がっているのに、オケの間奏曲ではなくてクワイヤの立派な1シーンが挟まれるって少しチャレンジングですよね。

とてもナチュラルで違和感覚えたことないけど。

 

階段を登りながらのエスメの声は聞こえていなくて、気配を感じたのかふと振り向いて姿を見て、「エスメラルダ!」と驚いている。

喜びから一転、「なんでこいつがここに!」の怒気がすごい。♪エスメラルダでフィーバスの行為を見ていたのを知ったことでこの怒りの説得力が増しました。

この一瞬の荒さにも、カジモドが相当なパワーを持っていることがなんとなく感じられる。

エスメは魔除けを渡した後に「これはね、」って説明をしようとするけど時間がなくて…という流れがあるので分かりやすい。

一瞬迷って、でもカジモドなら大丈夫と託して去っていく。

ガーゴイルたちへの反応からして、エスメを引き止めてここに匿うとか、もう1度外に出る気は全然なかったんだろうなと思うんだよな。。

 

アフロディージアスの話を聞く姿、姿を現したときには全然驚いていないんだけど、

首を戻してるときには(おおおぉぉ)ってなってるし、

また落ちたときにはあわわわって口元に手がいくし最高に可愛い。

あと聖なるご家族を送り届けた、マリア様を守り通した、とかのフロローに教わった話には、

(うんうん、そうだ、知ってる)っていうように頷いて聞いてる姿が可愛い。

とにかく聞く姿が可愛い。(結論)

「そうか!分かった!」「地図だ!地図だ!」と目を輝かせて、分かったよ!と嬉しそうに周りに言うカジモドも、とても優しい顔でうんうんって見守るガーゴイルたちも暖かくて、一瞬希望に満ちてる。

こういう理解の喜びとかもカジモドはそんなに体感してこなかったんじゃないかなとか思います。

「安全な場所に匿って大事に守る花嫁のように」、ここ海宝カジは割と健全なイメージあったんだけど、

18日見上げるような位置から見ていたら、一瞬結構ゾワっとする目をしていて怖かったんですよね。。

どこかフロローに通じてしまわなくもない、危うさを感じる目つき。

でも照明も変わって1人で「いつまーでーもー」と歌うときの小さく丸まった背中と、弱々しいけど細く綺麗に伸びる歌声の物悲しさが一気にカジモドの現実を引き立てる。

 

ここでなんかふと思うのが、人の多面性?というか、複雑さなんですよね。

当たり前のことだけど、人間良い面だけ、邪悪な面だけ持っていることなんてほぼなくて、時やタイミングや相手によって複雑に混ざり合って別人のように見えたりもする。

そうするとますます「人間と怪物どこに違いがあるのだろう」という言葉に答えるのは難しくなる気がします。

 

今の海宝カジは普通に他人と話が出来るので、フロローが去ったあとフィーバスとも普通に話せている。

口元さえ見ていれば返答までにあまり間がなくて、やっぱりこの辺りの人との会話については東京と印象が変わったなと思います。

扉閉めはあまり高さはないけどバシッと閉めてちょっとあわあわ笑

関係はわりと良好気味になったものの海宝カジがお話をねだるのはやっぱり不自然さがあって、フロローが疑いを強めるのも分かる。

嘘をつくところは罪の意識よりはバレてしまったらどうしようという思いの方が強そうな印象です。

やっぱり万寿夫フロローの「腹を立てているわけではない!」は怖い。カジモドも思わずウゥッて声出てるし。

このあとの「夜明けに襲撃しよう」とかもあえてはっきりカジモドが絶対理解出来るように話してるなって分かってゾワっとします…

「ときどき息子のように思う」の言葉が嘘だったとは思わないけど、

ここでカジモドを利用してエスメの居場所を突き止めようとする心にはカジへの思いやりは微塵も感じられなくて。

 

フィーバスとのやり合いはわりと対等な感じ。

魔除けを奪われて、ベンチを振りかぶって「ウーッ!」って睨みつけるんだけど、

ちらっと頭上のベンチを上目遣いで見て、いやこれはダメだ、、って判断して置きに行くところが可愛い。

 

外に出ての「曲がりくねる路地を〜」あたりのソロはなぜかだいぶカジ度薄くて海宝くんのままの声に近い。

東京でもこのソロは潰しが緩かったような気もするんだよなぁ。何か意図があるんだろうか。

ダミーに変わってからは2人も下手側から声が聞こえてきます笑 

奇跡御殿

エスメがフィーバスを助けてからカジモドを助けるまでの時間が結構あることに毎回胸が苦しくなります。

もちろんそれは大事だとか以前に戦力になるのがフィーバスっていうのもあるだろうけど、それまた悲しいよね。。

クロパンに話しかけに行くのも、むしろ誇らしげなくらいの勢いなんだよなぁ。

自分が助けられる、役に立てるってまったく疑いもなく思っているようで。

クロパンに脅しかけられて倒れこんじゃうけど、 その後も状況を逃すまいと必死でみんなの口元を見て話を理解してる。

フィーバスの話を流して近くに来たエスメに話しかけるのは決死の思いで、聖堂に匿って守るっていうのはカジモドにとって唯一のとっておきの思いつきだったんだろうと思う。

フィーバスは僕と一緒に来てくれないなら自分がついて行くって言えるけど、カジモドにはそれができない。

前もここの話をした気はするけど、

「彼女に、ついて行く…?」って繰り返しの響きにはカジモド自身その考えが全然なかったんだろうなと思うと同時に自分にはそれは出来ないと理解している感じがあって切なさがすごい。

カジモドにはそれが出来ないんですよね。醜いから。ただ醜く生まれたから。

 

奇跡求めて

エスメの「今気づいたわ」を見たあたりで早々に察して静かに離れて行くカジ。

布幕のあたりで一旦そっと振り向いてみるのが辛い。

たぶん聞こえてないから振り向いたら何か変わっててくれないだろうかって少しの希望を持ってたんじゃないかと思う。

でもそこには手を取り合ってお互いを見つめる姿があったわけですよ…

それを見て辛そうにうなだれて階段を登っていく姿に半泣き。

(ちなみにここ階段上がる時間なかなか短くないか?)

「僕は醜いから」で陽ざしでフロローに教えられたあの手の動きをしながら一瞬激しい嫌悪感を表に出すカジ。

全然派手に動くわけでも何かをアピールするわけでもなくて、むしろ動きは少ないはずなのに、歌声とその表情から溢れる悲しさ切なさ苦しみ…

そんな感情の全てが波のように客席に押し寄せて身を切られるような思いだったし、 もうカジモドからまったく目を離せなかった。

「僕の愛は報われない」「僕にはない愛の奇跡」

愛が叶わない、それだけじゃなくて愛する人について行ってどこまでも守ってあげることさえも出来ない。

続々と集って寄り添い手を取り合うジプシーたちを見つめる姿を見て、

エスメへの愛だけじゃなくて仲間との助け合い、励まし合いみたいなものにもきっとカジモドは憧れを持っていたんだろうなと思った。

それがどの程度自覚のあったものか無意識かは分からないけど。

たぶんここで改めて自分には「仲間、友人」という存在もないことを突きつけられて傷ついて、

だからこそ石になろうに繋がる部分もあると思うんですよね。

さらにはエスメの「あなたは本当に素敵な友だちよ」という言葉にも。

 

ジプシーたちを見渡したあと「僕の奇跡はどこに」で見つめる先はエスメラルダで、

このシーンはやっぱりエスメへの想いが破れたところがメインではあるけど、同時に恋愛面以外でのカジモドの孤独という部分を感じられたのが印象的だった。

 

万寿夫フロローが優しくなったことで、カジモドが騙されて愛する人を追い詰める結果になったという事実が余計に辛くなりました。残酷すぎる。

あんな状況になってもカジモドが向かう先はフロローなんですよね。。

「ひどくがっかりしたよ!」「2度と出られないようにするんだ」の荒さと冷たさが増していて、なんかもうフロローは何も考えられなくなっているんだなと思う。

自分とエスメラルダ以外のことは考えられなくて、カジモドを傷つけていることにすら気づいていない。

このあと後ろから警備隊(何枠さんだったか失念…)がついて上手側の階段を登って行くのにようやく気付きました。

でも強制される様子はなくてカジモド自らの意思で戻ってるなと。

 

石になろう

凄すぎた。東京から1番大きく違ったのはこのシーンだと思います。

とにかく上手く言語化できないことに悔しさが募る。。

 

東京では絶望ゆえの拒絶。自分の内へと閉じこもって、ガーゴイルたちはその拒絶を受け入れざるをえない。

個人的にそんな印象でした。

それが、京都ではこのシーンでのガーゴイルがカジモドの一部と感じられるようになった。

だいぶ激しく怒りを溢れさせるようになったけど、それがイコールカジモド自身の内部への攻撃となっているというか。

奇跡求めてで自分の孤独を実感したからこそ、自分の味方であり辛さを誤魔化す存在だった「友だち」を自ら切り離そうとしたように感じた。

あえて傷つける言葉を選び、面と向かって彼らを否定して。

その結果どうなるか、海宝カジには分かっていたと思うの。分かっていてあえてその行動を取ってガーゴイルたちを突き放した。

でも「いいよカジモド口出しはやめる」って言葉に手であっち行けってやったあたりから、実際にガーゴイルが離れていき、静寂が訪れ1人になると、辛そうに頭を抱える。

一瞬このまま気が狂うんじゃないかと思ってしまうほど。

そこで一旦現実を、自分の周りを把握して、さらに固く固く心を閉ざす。

その決意がこもったラストの歌い上げは本当にもう言葉がなかったです。

息が止まりそうになるような怒りと絶望の圧と信じられないような声量とそれでいて微塵も崩れない的確な音程。

あれほど凄まじい歌唱でありながら、歌じゃなくてカジモドの心の叫びでしかなかった。

エネルギー量が格段に上がった、と思った。

別に東京が弱かったとかじゃなくて。表現の仕方として外向きへの感情が増えた分、客席に伝わってくる量が必然的に増したというか。伝われ。

 

東京ではもう少しシンプルに表現していたように記憶してる「もうやめてくれ…」とか「君らの言うことを!」とかの溢れんばかりの感情を押し殺したような表現がやばかった。

あとは多分「うんざりだ」あたりででしゃがみこんで床に手を叩きつける姿も印象的でした。

なんかこの辺の表現はマリウスで取り入れた手法な気がする。上手い。

歌唱的にもスキル的な部分がさらに磨かれているなと思うんだよなぁ。

僕は「今日からー⤴︎」涙「忘れー⤴︎」石に「なろう⤴︎」 の矢印部分は結構ビブラートかけてるんだけど、ここ「ろーーー!(最後悲鳴混じり)」閉ざし「てーーーー!」の部分はかけずにそのまままっすぐ出し続ける歌い分けが最高に格好良かった。

救出

途中から下手バルコニーに現れてエスメを見つめているカジモド。

エスメの足元に火がつけられた瞬間、悲鳴のような「エスメラルダァァァ!」という絶叫で再びカジモドの感情が溢れ出る。

自分の足に巻きつくロープを投げ捨てて、再びガーゴイルたちの力を借りる。

海宝カジの悲鳴混じりの「サンクチュアリー!!聖域だあああぁぁ!」がやっぱり大好きでね、、

声量は凄いんだけど野太くはない。劇場中に通る力強く悲痛な声。

東京から声の裏返しはやっていたけど、「聖域だーーー⤴︎⤴︎」とある程度伸ばしてからひっくり返すという確実な技術となってました。。

そこからの揺らぎなさが凄い。

でもその勢いは石になろうとは全くベクトルの違うもので、この劇中でもっとも力強く自信に満ちている。

歌声の洪水に飲まれるような感覚がたまらないし、ガーゴイルたちがとても嬉しそうに

協力しに駆け寄ってくるところがもう。。

まさにこの時間、カジモドは英雄になれた。んだなって思います。振り返れば。

観ている間は全然そんなこと考えられなかったけど。 

鐘楼

それまでの形相が嘘のように柔らかく優しくエスメに声をかけるカジモド。

たぶんこの辺で海カジは急に成長するんです精神が。最後に急にストンときた感覚なので上手く言えないんだけど。。

純粋に助けられた喜びと目の前に大切なエスメラルダがいる嬉しさ、

「ここにいればいいよ永遠に」という響きにも、もうエジプトへの逃避で一瞬感じたゾワっとしたような感じはまるでない。

「あなたは本当に素敵な友だちよ、カジモド」は海宝カジにとっては本当に素直にとても嬉しい言葉だったんじゃないかと私は思う。

エスメへの恋心は奇跡求めてで区切りがついていたんじゃないかと思うし、あのシーンで感じていた孤独、1人もいなかった友だちが初めてできた。

それもとても大切な人からその言葉を言われた。

「あぁ、友だちだ」という響きからは悲しみや辛さを飲み込むようなものはあまり感じられなかった。それがまだ救いだった。一瞬の。

 

登ってきたフロローと会話するカジモドはもうすっかり精神が成長しきった状態のように感じる。もう普通に、同じ高さで会話が成り立ってる。

言われたことをシンプルに信じるカジモドはもういない。

「弱いのはお前だ」は押し殺し気味に、「邪悪なのはお前だっ」は感情を抑えることなく叫び気味に。

背骨を伸ばして、その結果首が変な方向に曲がって、そんな状態で目を剥きながらフロローに手をかけているのに、

その顔はとてもとても哀しそうなんですよ…

なんであの状態で、ある意味とても人間らしく見えるの。。

最後の瞬間にはぎゅっと目をつぶって辛そうにフロローを投げ落とす。

そして投げ落としたフロローの姿を見下ろして、泣き声で「僕の大事な人たちはみんな横たわっている」と。

小さなすすり泣きから徐々に大きくなる泣き声。恐ろしいほど哀しみと絶望に満ちた嗚咽。

あの泣き方はずるい。。心に突き刺さる。。

エスメラルダを抱えて外に出てからも、エスメの体の前でうずくまって体を震わせて泣き続けるんですよ。。

フロリカの歌声の中、祈るように天を仰ぎ、エスメが去っていくとエスメの方へ手を伸ばして。。

(あとようやく墨を落とす現場をしっかり見ましたww茶色のタオルでめっちゃしっかり拭き落としてるww)

ここね、東京の話だけどたつろーカジだとフロリカに手を伸ばしてまるで微笑んでいるように見えて、あるひとつの救いが見えたように感じていたんです。

でも今回の京都海宝カジのこのシーンはまったく救われなかった。私は。

まるでフロリカの歌声の中、天に向かって懺悔しているように思えた。

上手く言えないけど、なんかとても辛かった。

 

そして立ち上がった時には海宝直人に戻っている。相変わらず凄い。

怖いくらい綺麗。もう発光してるんじゃないかレベルに光り輝いてる。顔が。

あまりの違いにやっぱり一瞬、え誰?みたいな驚きがあるんですよね。。

でも東京のときの固く感情を消したような淡々とした語りから、感情の入った語りに変わりました。

まだカジモドを演じた部分を残した状態での語りというか。

話している自分を通してカジモドへのいたわりが感じられるような、カジモドの心に沿った言葉のような感じ。

決して情感たっぷりなんてことはないけど、シンプルな中にもどこか寄り添うような気持ちが感じられる。

衣装を脱いでたたんでクロパンに渡して、やっとただの俳優に戻る。

完全に海宝直人の顔で、再び「人間と怪物どこに違いがあるのだろう」と少し険しい顔で客席に歌いかける。

 


 

 

18日、いつにも増して熱い舞台だったと感じた公演だったんですが、

カテコで海宝くんの表情が緩んでくるまでにいつもよりも時間がかかっていて、あぁ本人もだいぶ持っていかれた公演だったのかなぁなんて思いました。

私としてはラストの語りでうるっと来るもやっぱり泣くまではいかず、今日も泣かない記録更新したなぁ。なんて思っていたんですけど、

カテコが終わって軽く放心状態で椅子に座って、少し時間をおいてよし行くかと立ち上がった瞬間なぜか溢れ出る涙。そして連動して口から出て来る泣き声。

もう自分でもびっくりした。笑

たぶん舞台から受けたものが凄すぎて、観ながらでは消化しきれていなかった感情が溢れ出しちゃったんでしょうね。。

あんな感覚初めてで自分超怪しい人wwって思いながらしばらく涙が止まりませんでした。

理屈じゃなくて心が素直に、それだけ凄いものを受けたんだ!!って叫んでいたみたい。

 

うん、とても良いもの観ました。最高の体験でした。

哀しくて辛くてあまりに救いがない海宝カジモドだけど、私は彼が表現するカジモドと描き出されるノートルダムの鐘の世界が死ぬほど好きです。

これだけ書いて結論はそれ。笑

 

でもほんと東京から変わった部分も大きかったけど、違和感やそれは受け入れられないみたいなのは微塵もなかったんです。

もはや盲目的になっている部分もだいぶあるのかもしれないけど、

海宝くん自身のこの作品に対する想いの軸がブレない限り、私はどんなカジモドでも好きだよ!(突然のフィーバス)なんだろうと思います。

この作品はチケット取るの本当に大変だけど、、これからも海宝カジモドをずっと観ていきたい。

改めてそんな決意を固めた遠征でした。

 

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