No day but today(観劇的な意味で)

ミュージカル関連をディープかつマニアックに語りたいがために作ったブログです。普段はTwitterに生息→@musicalamnos

フランケンシュタイン日本初演の覚え書き 2幕その2(完)

 森の中

舞台は再び森へ戻ります。

ステファン捜索の声が響くなか、ビクター、ジュリア、メイドのもとへ執事(佐々木崇さん、長身で目が大きい、元手下さん)が駆け寄り、見つかったと報告。

恐らくジュリア側の執事なんだけど、見つかった→お腹を刺されていて→犯人は…の流れは酷すぎないか。。

見つかったと聞いて一瞬喜ぶジュリアが哀れすぎる。

 

時が止まり、怪物が現れます。

「復讐、それがお前の望みなのか。なら今ここで終わらせればいい(=自分をここで殺せ)」と言うビクターに、

「焦るな、お前には俺と同じ思いを味あわせてやる。」と宣言して姿を消す怪物。

 

再び時が動き出し、

死んだステファンの近くにエレンが財産目録を手に倒れていた、犯人として民衆がエレンを連れて行ったと執事の報告が続く。

止めなくては!と走り出す4人。

 

アンリ処刑時と同じメロディ(♪あー人殺し)で引き出されるエレン。

アンリの時と違って、取り囲むのは女性たち。

次々にエレンのスカートを掴んでは忌々しげに手を離す。

(公演初期は、ビクター父焼死後と同じように男女関係なくやってきて唾はきかけたりしてたと記憶してるんだけど途中から女性たちが取り囲むようになりました)

銃を突きつけられ階段を上がることを強要されるエレン。

チビソロ「まるで家族のように育てられたのに財産目当てで殺人!残忍な女めー!」は遠山さん。これまた激ウマ。

私じゃないと弁明するもまったく聞き入れられず、むしろヒートアップした民衆に責め立てられ、絞首刑にされてしまう。

階段の上からエレンがはけた瞬間、ビクターが「待ってくれ姉さんはそんな人じゃない!やめろ!やめてくれ!」と駆け込んでくるも手遅れ。

無残にも吊るされたエレンの死体が落ちてきます。

かっきービクターの言葉にならない「やめてくれ」がやばい。語彙力なさすぎて表現できないのが悔しい…

あの掠れた、悲鳴のような悲痛で無力な表現!

大人になって戻ったビクターが(少なくとも舞台上では)初めてエレンを「ねえさん」と呼ぶのがこのシーン。

その声をエレンが聞くことはなかったと思うと辛すぎて死にそうになる。。

 

泣き崩れるビクターのもとに幼い頃のジュリアが「行かないで!ビクター」と駆け寄ってきます。

出発の日の記憶。

私と一緒にいて!と言うジュリアに「僕と一緒にいちゃ君も呪われる…」と茫然自失のまま答えるビクター。(子ビクターが返した言葉と同じ)

過去と同じように台詞は続き、

「約束して!大きくなったら必ず戻ってくるって!戻ってきて私と結婚するって!」

「でも僕が戻ればみんなを不幸にしてしまう」(過去では、♪必ず僕は戻ってくるよ と歌っていた)

 

名残惜しそうに去っていくジュリアと入れ替わりでビクターの名を呼びながら大きな荷物を持って出てくるエレン。

 

正面を向いていたビクターが後ろから聞こえてくるエレンの声に目を見開いて恐る恐る振り向きます。

「冬服を詰めるのに時間がかかってしまって…」と話す声は息が上がり少し弱々しくすら感じる。

ルンゲ「他にお見送りの方は?」

ビクター「…私だけよ」

のやりとりに胸がつまります。

見送りに来る人もいない、孤独なビクター。そんな彼を優しく愛を持って包んできてくれた最大の味方。

もうこの世にいないその人がビクターにとってどれほど大きな存在だったのかを感じて。。

 

「ビクター、お別れね」と声をかけられ、エレンに背を向けルンゲのあとをついて数歩踏み出すも、耐えきれずに泣き声をあげてエレンの腰に抱きつくビクター。

まさに泣きじゃくるという表現がぴったり。

幼い子どものように声をあげてえぐえぐ泣くかっきービクター。

楽日はあまりに泣くので、少しの間胸に抱きしめて間を取るめぐさん。

「泣かないで、ビクター。

姉さんの言うことをよーく聞いて」

ここで膝をついてるビクターよりさらに低い位置になり顔をじっと見上げるエレン。

この目線の合わせ方とスカートの広がりとっても好き。

あまりの声の優しさとなだめるようにぽんぽんする手に泣きじゃくるビクター。それを見て溢れ出る涙を目を見開いてなんとかしようとする私。無駄な抵抗。

 

♪その日に私が

「留学をしたら一人ぼっちよ覚悟なさい(ここの優しい笑い混じりの歌い方、大好きです。。)、

寂しくてもそれがあなた選んだ道 後悔するかもしれない」

「毎晩眠れずに泣いてても誰も抱いてくれないし、甘えられる人などいないの、それが1人ということ」 

「今度あなたに会えたなら、私がぎゅっと抱いてあげるから 」

 

涙腺崩壊ワードが散りばめられたこの曲を鬼レベルの表現力を持っためぐさんが歌い、負の感情の演技がピカイチなかっきーが受ける。

見ていて泣かない方が難しい。。

特にかきこに前楽日は1番涙腺にきました。

まわりのすすり泣きも凄かった。みんななるべく音を立てないように頑張るもんだから息をつくタイミングがだいたい一緒なんだよね笑

 

途中で泣きやみ、エレンのもとを離れてルンゲについて歩き出すビクター。

(タイミングの歌詞が不確か…♪でもあなたは〜 かな。)

ここからビクターと過去のエレン、ルンゲの時空がずれます。

もうエレンが見ているのは歩いて離れていくビクターの姿。(目線が明らかに幼い頃の背丈くらいの位置を追っている)

去っていくビクターに両手を伸ばすエレン。PVにも使われているシーンですが、公演後半はもっとはっきりエレンを抱きしめようとして空を切り、その勢いで通り過ぎてから膝をつきくしゃっと泣き顔になっていました。

「私がぎゅっと抱いてあげるから」、美しく細く伸びる歌声に己を抱きしめるビクター。

もう2度とその胸に顔を埋めて泣くことはできないと思うと私が泣きそう。

 

「毎晩眠れずに泣いてても誰も抱いてくれないし、甘えられる人などいないの、それが1人ということ」

この言葉はエレンを失ったビクターにも当てはまるけど、もう1人当てはまる人がいるのよね。

むしろビクターよりもずっと当てはまる存在、それが怪物。

1人孤独だった怪物、カトリーヌと出会い抱きしめられる幸せとじゃれ合い甘える喜びを知ります。

でもそれはほんの束の間の幻。すべては消え去った。

人のぬくもりを知ってしまった怪物の孤独は何も知らなかったときよりはるかに冷たく辛いものだったはず。

エレンの言葉を聞きながら、「誰かに抱きしめられてた 笑ってた そんな夢の続きを生きてみたい」と切なげに歌う怪物が目に浮かびました。。

 

とにかく!この曲!辛い!!

 

実験室

エレンの死体を城に持ち帰ってきたビクター。

「ついたよ姉さん。僕が生き返らせてあげるからね…」と語りかける。

こいつ何も分かっていない。

エレンがそのまま元の通り生き返ると信じて疑いもしない。

個人的に客席がビクターにドン引きするシーンだと思ってますが、当たり前のようにこの思考をするのがこの男なのです…

そしてこれってエレンのためじゃないよね。完全に自分のため。

エレンが生命創造に賛同していなかったのは明らかです。生き返らせることなんて望んでいないはず。

 

しかし実験室の機械はすべて怪物によって壊されています。

雷光に照らされて壊れていることに気づき、腰を抜かすビクター。

「もう姉さんを生き返らせることができない…」と声を震わせる。ここでやっと本当に永遠にエレンを失ったことを知るんですね。

 

そこへ現れる怪物。ついに怪物が誕生した場所で2人が対峙します。

怪物「俺はこの部屋で生まれた 鉄のベットで」

ビクター「僕はこの部屋で夢みてた お前と一緒に」

と対になるような歌い継ぎ。

「神を超えたくて悪魔に成り果てた」というビクターに、「分かっているのにまたしようとした 悲しい命をまた作ろうとした」と怒りを見せ、エレンの頭を掴んでビクターの方を向かせる。

殺せ!殺してくれ!と迫るビクターを冷たく突き放す怪物。

怒りからあきれへと感情がシフトしていくように感じられた時もあった。

満月が割れたら再び痛みの続きをくれてやると言い残して、1幕ラストで飛び出していった同じ窓から姿を消します。

*和樹怪物

思い通り復讐が進んでいることに満足げな様子を見せるときもあり。恐ろしい笑顔を浮かべているときもあった。

本能のままに動いているような感じ。荒々しい。

*小西怪物

復讐は順調に進んでいるのに少しも満たされているようには見えない。常にかなしそう。もうすでに自分の望みが復讐では満たされないことを自覚しているような感じ。

(2/19追記)小西怪物はアンリの意識が戻る前からどことなくアンリと似ていると思う。ビクターと出会う前のアンリ。

冷静で理性的、だけど絶望を知っていて諦めが浮かぶ目をしている、そんなところが。

とても冷静に淡々と復讐を進めながらもちっとも満たされていない。

機械を壊したのもビクターの行動を予測してのことだけど。。分かっていたけどお前はまだ哀れな命を造ろうとするのか、、と怒りよりもやっぱりお前はそうなのかと呆れたように。

自分が復讐する意味を理解せずに「生きていたくない!殺せ!」と泣きつく創造主、確かに見苦しい。。

 

ステファン邸の前

♪今夜こそ

宣言された日、町の人とともに見回りを強化し、怪物を倒そうとしているビクター。

執事が素敵なマント着てるー!と思ったら傭兵隊長だそうで、別の役でしたww

一緒に見回る人々の中には手伝ってはいるけど内心呆れ、馬鹿にしている人たちも。

ジュリアがビクターに駆け寄り、「怖いわ、行かないで」と抱きつきます。(フラグ)

吠え声が聞こえ、傭兵隊長にジュリアを任せて声の方を捜索する一行。

「違いました!野良犬です!」って報告するのは元ウォルター新井くん。

ベレー帽に十字架持ってビビっているけど吠え声を真っ先に確認しに行く真面目っこwかわいいw

 

悲鳴と2発の銃声が室内から聞こえ、慌てて向かう人々。

ベットには血を流し生き絶えたジュリア、ベットの横には息を荒くした傭兵隊長がうずくまり「申し訳ありません、怪物がお嬢様を殺して逃げました!」

外で吠え声が聞こえ、「外だ!早く行け!」と人々は出て行きます。

怪我を押さえながらも最後に入り口に向かった傭兵隊長。ピタリと足を止め、振り向いて帽子を取る。

怪物でした。

*和樹怪物

初見は和樹怪物だったんだけど、入れ替わりさっぱり気づかず。

振り向いて怪物やん!!ってなりました←

溢れ出るトート感。客席の8割がそう思ったんじゃないだろうか笑

歌はさておきビジュアルはトート似合うだろうなぁ。

*小西怪物

2回目だったのもあると思いますが、小西怪物は声が特徴あるからすぐ分かっちゃう笑

同じ衣装なのにあまりトート味を感じません。冷淡な印象。

 

「なぜ僕じゃなくジュリアを。。この怪物め」と詰るビクターに、

「じゃあお前たちは一体何者なんだ。俺から見たらお前たち人間の方が怪物だ」と冷静に返す怪物。

ほんとだよね。返す言葉がない。

ここも日本オリジナルの追加だそうです。

「俺は北極に行く。殺したければ来い、待っている。」と言い残して姿を消す怪物。

(2/19追記)子どものように泣きじゃくり、哀しみに任せて怪物をなじるビクターととことん冷静な怪物。吐き捨てるような「怪物だ。」でした。。

 

どうでもいい細かい話だけど、

悲鳴、銃声2回。でもジュリアの血の感じは銃殺ではないように思うんだよね。

銃声は人を集めるためのものだとしても、傭兵隊長から(多分殺して)身の回りのものを奪ってなりすまし、ジュリアを殺すってなかなか時間的に厳しいだろうなとか思う。

 

ジュリアの死体を抱きしめ、「これ以上の痛みがこの世にあるだろうか」と歌うビクター。

絶望と己の過ちへの後悔に満ちた歌詞です。

が、ずっと解せなかったのは「愛があれば運命に歯向かえると信じた」という言葉。

いやビクターそんなやつじゃなかったぞ?と思っちゃって。その言葉を口にするのがしっくりこなかったんですよね。

 

それがかきこに前楽で♪後悔を聴いていて、ふとこういうことでは?と浮かんだ解釈がありました。

1幕ラスト、アンリを失ったのと引き換えに首を手に入れ、ついに命の創造が成功したかと思われた。死んだアンリの首は確かに再び命を得た。

でもそれはビクターの思い描いた姿ではなく、理性も知性もない(と思ってしまった)怪物。ルンゲを殺し、自分の前から姿を消してしまった。

親友を失い、想い描き続けた夢は破れ、怪物は行方不明。

大きな挫折。行き詰まり、迷い、足掻いた結果、運命に歯向かうビクターが行き着いたのは「愛」だった。

今まで自分に足りなかったもの。それが本物の愛だったかはさておき、ジュリアを受け入れ、エレンとも和解して「愛」を手に入れた。

でも結果はこの惨状。自分に愛を与えてくれた人たち、そして自分もそこに愛を返そうとしていた人たちを次々と失ってしまった。

その絶望の中で出てきた言葉が「愛があれば運命に歯向かえると信じた」

だったのであればまあ納得できる。

別にビクターの信念だったわけではなく、怪物誕生後に運命に歯向かおうと選んだ手段が「愛」だったんじゃないかと。

それなら急にジュリアと結婚したことも少しは理解できるかなと思うのです。

 

「懺悔しても時は戻せない」と歌うビクターの背後には何箇所かひっそりと咲く赤い花がライトアップされています。

あの花がビクターによって犠牲になった人たちの象徴とするなら、

その中で1人孤独に苛まれ絶望の中で絶唱するビクターがさらに罪深い存在に見える。

(2/19追記)福岡楽、かっきービクターは「みんな死んだ」ではっきりと花を見渡していた。やはりあの花はビクターのせいで死んでしまった人たちの象徴のようですね。

花は7箇所だったので、ウォルター、葬儀屋、アンリ、ルンゲ、ステファン、エレン、ジュリアの7人かな?

 

森の奥

日本版と韓国版で最大の違いがあるシーンと言っても過言ではないでしょう。

韓国のイメージが強くて日本版でもずっとこのシーン、湖のシーンと呼んでいるけどただの森の奥なんですね。

大きな違いとしては、

・湖の有無

・少年の服装(子ビクターか別人か)

・後ろ向きで歌うか前向きか

・少年を殺すか生かすか

でしょうか。

 

個人的には韓国版観たときには(予習不足もあって)湖に突き落としたのが全然理解できず。というかあまりに静かにすっと突き落としたから殺した…のか…?みたいな感じだった。

一緒に観たメンバーと語り合ってもやっぱりこのシーンは分からなかったのよね。

日本版で言葉の意味を理解して観たいと思ってた。ら、演出180度変わったww

一応観たあと調べはしたので、救済説も知っていたし納得できるかなと思ってたんだけど。

ただただとても幻想的で静かで穏やかで美しかったのが印象的だったんです。

だから私の中ではあのシーンは現実での出来事ではない、殺意悪意のシーンではないって感じていたんだよなぁ。

 

結局明快な解釈はできていないのが正直なところです。

このシーンに関してはいろんな方が解釈を出してくださっているからそれを読んでふむふむと考えているんだけど。

やっぱり首を絞めて殺そうとする、っていうのは嫌だなぁと思う。

初めての記憶がビクターに鎖で首を絞められたことなのに、それをやってしまうのかって。

湖に落とすのが解放として描かれるのは理解できるけど、首を絞めるのは危害を与えるようにしか思えない。明らかな殺意ですよね。

 

理屈はさておき、純粋に舞台を観ていて感じたのは、

話し始めるときにはほぼアンリの意識、記憶があるってこと。

友だちの話、と言っている。そしてそのあとの「1人の男がいた〜」以降の歌詞もアンリと怪物両側面からの視点が感じられます。

このシーンではアンリの意識、そして怪物として生きた人生・意識、その両方が彼の体に共存して1人の人格となっている状態だと思うんですよね。

小西怪物からは、ビクターへの情、哀れみを感じました。これは間違いなくアンリのものだと思う。

もし叶うならアンリとしてビクターと再び時を過ごしたいとすら考えたんじゃないかと。

でもそれは首の傷を見た少年から「お兄ちゃんって誰かが作ったの?」と問いかけられたことで打ち砕かれたように感じた。

その言葉で自分はもう人間じゃない、怪物として生きて、やるべきことを最後までやって怪物として死ぬしかないんだと覚悟を決めたように。

「お前も大人になったら他の人間たちと同じような目で俺を見るだろう、だから…」と首に手をかけるところも、小西怪物は結局その手に力を入れることはほぼなかったように思う。

一方、和樹怪物ははっきりと力をこめていた。少年も苦しそうに顔を歪め、あと少しで…というところでふっと脱力。

後半の記憶が強くて和樹怪物がこの曲中でどんな変化をしていたかはっきりと思い出せない。。

(2/19追記)福岡楽、小西怪物は完全にアンリ意識だったと感じました。涙まじりでつぶやくように。

「神になろうとした」でもそれに自分が加担していたのも事実。

「その生き物はどう生きるのかどう笑うのかどう恋をしてどう死ねばいい、答えも出せずに自分のものだと信じているのさこの世の人間は」この歌詞はビクターに向けたものだけではなく、ビクターの実験に協力していた自分自身(アンリ)への問いかけにも聞こえたのです。

少年に手をかけるところも、怪物としての行動を取ろうと殺すために手をかけるけど力を入れようとしても震えてしまって結局できなくて。力なく解放していた。

それはまるで怪物に銃を向けるけど引き金を引けなかったビクターのよう。

ここまで完全にアンリの回は初めてでした。

 

 

「1人の怪物がいた 嘘だと知ってたけど

幸せがあるという地の果てに行った」

そう消え入るような声で歌い、階段を登っていく怪物。

カトリーヌが教えてくれた場所、もうそのときにはそんな夢の場所なんてないって分かってはいるけどそれでも最後に、ビクターとその場所へ行こうと決めたんですね。

 

とここまで思ってたんですけど。。

韓国版では「北極には誰もいないから自分自身が人であることを忘れてしまう(大意)」というカトリーヌのセリフがあると目にして、なぜカットしたアアアァァァってなりました。

人であることも忘れてしまうその場所でなら怪物とビクターは同じフィールドで向かい合うことができるんだね。

絶対あったほうがいいじゃないか。。解せぬ。

 

このシーンが彼の想いを汲み取る最後の場面だと思っていました。

北極では決定打を与えるまで徹底的に怪物を装うから。

闘技場を抜け出して初めてビクターの前に姿を現したときから、ステファン、エレン、ジュリアを殺してビクターを1人にし、北極の地で最後の時を迎えようというのは怪物が決めていたシナリオだと思います。

ただこの作品の悲劇は、100%怪物のままなら予定通りの復讐を果たすことで人間、創造主への憎しみを解消できたかもしれないのに、

アンリの意識が現れることによって単純な復讐では解放されることができなくなってしまったところかなと。

アンリはビクターの過去も思想も、どんな人物かも知っているし、大切な友人で何より愛していたはずだから。

でもアンリもあの最期を回避するつもりはなかった。

・怪物として蘇った自分の命を大切なビクターの手によって終わらせ、辛さ苦しさ孤独からも解放される

・生命創造の理想に突き動かされ道を外れきってしまったビクター(自分もその一因となってしまったという意識もある)をこの世から解放する

怪物としての復讐、アンリとしてのビクターの救済、その2つを果たすために彼は北極に向かったのではないかなと考えています。

 

北極

全然北極に見えないのはさておき。

高いところで待つ怪物の元によろよろのビクターがやってきます。

繰り広げられる戦い。

とにかく回し蹴りが美しい小西怪物に注目。

怪物の背にナイフを突き刺すも、なんやかんやで右足の付け根をナイフで刺され動けなくなるビクター。

怪物に銃を突きつけられ、自ら両手を上げて銃口に額を押し当てます。

それを見てゆっくり銃の持ち手をビクターに向ける怪物。

自分を殺せという意思を感じて銃を受け取り、怪物に向ける。

少しずつ下がりながらコートの前を開き、心臓を露わにする怪物を撃とうとするもどうしても撃てないビクター。

力なく銃を下ろそうとした瞬間、足元に落ちていたナイフを拾い上げて襲いかかる怪物についに反射で引き金を引いてしまう。

 

倒れこむ怪物は目的を果たしたことに安堵した様子すら感じさせる。

「その体では動けまい。お前は1人になるんだ。

ビクター、これが俺の復讐だ。」と告げて生き絶える怪物。

「ビクター」と呼びかけられたことでそこにいるのがアンリだと確信して「アンリ!」と叫んで近づこうとするビクター。

 かっきーの立ち上がろうとして(脚やられてるから)倒れ込んでしまうけど必死に這っていく鬼気迫る姿…

亡骸を抱き泣き崩れるビクター、

最後に天を仰ぎ「神よ呪いをかけろ 何も恐れぬ俺はフランケンシュタイン

しばらくこの歌詞もしっくりこなかったけど、これは自嘲なんだなと思います。

こんなにも愚かな人間、何も恐れないと豪語して道を誤り、大切な人たちを皆死なせてしまった。アンリに至っては2度殺したも同じ。

弱かった愚かなフランケンシュタイン、それはこの俺だと。

本当にたった1人になったビクターの孤独な絶唱のうちにこの物語はおしまい。

(2/19追記)福岡楽、「その体ではもう動けまい、これでお前は一人になるんだ。…独り…分かるか」「ビクター!」「これが俺の復讐だ」

初めて聞いた2度目の「独り」は本当に小さくて、自らその意味を噛みしめるように呟いていた。そして決意を固めたように、少し力が入った、でも紛れもなくアンリの声で「ビクター!」と強く呼びかけたのです。

この最後に息の根を止められた私。なんという、、なんという作品だろうか、、

 

ー幕ー

 

はああついに書き終わった!!

東京楽から1週間あまり。最後まで行き着けて良かったです。。

韓国でドンソクビクター、ウンテアンリ怪物を観て凄まじい衝撃を受けてから約1年。

待ちわびた日本公演でした。

初日開けた直後はあまりに韓国と演出含め違うのと、直前に綺麗に組み立てられ完成された四季のノートルにハマっていたこともあり荒削りすぎてモヤモヤが残る舞台だったというのが正直な感想です。

演出、歌詞にはなかなか不満も多く、書き込みが甘すぎるんじゃないかなと思っています。

役者のパワーでごまかしてるけど、この作品が本来持っていた「凄さ」が失われてしまったような印象で、、

余白が多いのは素敵だけど、余白で済ませるべきでないところまでいじってしまったような感じがして。

ただ、役者の熱演は素晴らしく、楽近くには相当肉付けがされて人物が生き生きと舞台上に存在していた。癖になる魅力がありました。

フランケンシュタイン、大好きです。ここまで書きなぐってる時点で伝わってると思いますが笑

再演は絶対にあるだろうなと私は思ってます。(チケット売れてたしね。)

どうかその際には演出、訳詞を見直してくれますように。心からの願いです。

アンリもこの難曲を歌いこなせるようになって。。

初演の記憶を色褪せないようにしたくて書き始めた覚え書き、たくさん読んでいただけて光栄です。

思い出したことはひっそり追記していると思いますが、、

ひとまずこれでおしまい!ありがとうございました!!

 

それでは最後にご唱和ください。

クマ、オイシイー!!

 

 

ここまでの文字数、4記事合計で約27,500字。

卒論より長い… 

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(2/19追記)福岡千秋楽に遠征をした&その観劇でまたググッと深まった部分があったので追記しました。

名古屋公演も終わり本当に終わってしまったフランケンシュタイン

ビクターにはあれだけ味方がいるのに自ら背を向けて孤独になっているとはじめは思っていたのですが、、

違ったんですね。

愛してはくれるけど、誰もビクターを大人にはしてくれなかった。満たしてくれなかった。誰も対等ではなかった。

そんな中現れたアンリは初めてビクターと対等に並んでくれる人だったけど、結局彼自身がビクターが道を踏み外す決定打にもなってしまった。 

なんて不幸で、そして人間らしい物語なのでしょうか。

絶対にまたこの作品と巡り会えることを心から祈って。

ありがとうございました!