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ノートルダムの鐘を語ってみるvol.2 海宝カジモド備忘録

 

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本当はカジモド3人について書きたかったんですが、

あまりに量が膨大なのと、残り2人はまだ出演中で日々変化しているのと、

何より私が海宝くんのファンなのでだいぶ偏ってしまう。

 

ということでTwitterで書き散らしていたことをまとめる意味で

海宝カジに絞ってまとめておきたいと思います。

 

 

東京公演最終出演は3月5日でしたが、

私が最後に海宝カジモドを観られたのは1月半ば。

きっとそのあとも相当進化していたんだろうなぁ。。

その辺りをご理解の上お読みください笑 

 

 

海宝カジモドの最大の特徴、そして私が1番好きなのが、

役者海宝直人⇄カジモドの徹底的な切り離し方です。

達郎カジ、あっきーカジは途中からだったり終始だったりするけど、

本人の存在がカジモドと混じり合う。(当然だけど素が出るって意味ではなくてね)

 

ノートル初見直後、自分が呟いた内容は今見てもこれに集約されるなと思う。

彼が「カジモドを演じている」時間はそこにカジモドしか存在していなかった。

一瞬たりとも海宝直人を認識するときはなかった。役者としてなんと素晴らしいことか。

 

海宝直人からカジモドへの入れ替わりは、あまりに鮮やかかつ劇的すぎて、

それこそ何か魔術を使われたようにと呆然としてしまう。

あの舞台上での俳優から役への移行という演出が最大限に活かされていると思う。

特にカジモドから俳優へ戻ったとき、

俳優の姿に戻った海宝くんは異様なまでに透明感があって清らかで、、ぞっとするほど美しい。 

あの透明感を出せるのは天性の才能だと思う。顔立ちとかを超えて、俳優としてとても格好良い。 

 

振り向いた男の美しさに目を奪われた後は、語りに心を奪われる。

海宝くんの語りはまるで別人。そこにいたカジモドがどこにもいない。

「海宝直人」と「カジモド」はすっぱり切り離されていて、カジモドが彼の体を借りてそこに存在していただけで、

最後の語りの時にはもうカジモドはいないんだよね。

でもカジモドを演じきった「海宝直人」は確かに始まる前とは何かが違って清らかで、

彼が語る”カジモドのその後”は淡々としながらもどこか心が通っているような、そんな感じがする。 

本人もインタビューの中で、このラストの語りを「努めて淡々と話すようにしていた。」

「小説を読んでいるような感覚で聴いていただきたい」と話していて、

本人も相当意識して組み立てた部分なんだろうなと思う。

ちなみにインタビュー掲載記事はこれ。↓

allabout.co.jp

 

あとはやっぱりカジモドの障がいを徹底して演じているところが、この差を生み出す大きな要因だと思う。

口と顔の歪み、耳の不自由さ、話すときの不自由さ、背骨の歪み、

終始崩れたり乱れることがなく、徹底している。

途中からは口の歪みの徹底もだけど、左目ももうほぼずっと開いていなくて、、

口元だけじゃなく目元にもカジモドを感じる。

肉体的なハンデが凄すぎるのに歌唱はどんどん安定していくのよね。。

たぶん海宝くんにとってカジモドを演じている以上、これらがキープされることは当然なんだろう。

 

 

後は少しトピック的に。

 

■ フロローとの関係性

3人のカジモドの中で1番フロローと親子らしさのないカジモド。

どちらかというと恐れ、緊張感を強く感じる。

でも、トプシーターヴィー後にフロローに抱きつこうとするシーン。

海宝カジはかなりの勢いで抱きつこうとするから、引かれた時にビターンと倒れちゃう。

他のシーンではあれだけ愛情関係は薄く緊迫感すら感じるのに、

酷い目にあってぼろぼろになったときに頼って抱きつこうとする相手は

フロローしかいないんだということが浮き彫りになる。

初めは海宝カジとフロローはあまり愛情関係ないのに、あそこはやけにカジから行くなあと思ったけど、

結局カジモドには頼れる人、守ってくれる人はフロローしかいないんだよね。

その人に拒まれて相当ショック受けるから、フィーバスに対しても怒りじゃなくて、

今の自分に構うなって拒否の姿勢を感じる。

個人的には達郎カジよりも海宝カジの方があのシーンの孤独感は刺さる。

達郎カジは普段の信頼(?)がある分修復できそうだけど、

海宝カジは一生あのすり抜けた感覚を忘れられずに傷ついていそうで。

 

投げ落とす前にフロローを抱きかかえたとき、カジモドはすごく悲しそうな顔をしていた。

でも「いや、君はその気だ。」の囁きを聞いてフロローに手をかけて持ち上げたとき、

初めて見るような恐ろしい顔になっていた。

カジモドの顔はあの瞬間、本当の意味で醜く恐ろしい怪物の顔だった。。

「僕が愛した人は2人とも横たわっている」この嘆きのセリフが辛すぎて。

エスメラルダはもちろんだけど、フロローだってカジモドには唯一の関わりのある人間で、

良いことばかりじゃなかったにせよそこには長い付き合いがあって確実に情はあったはずだと思うんだ。

フロローを殺したことでカジモドは文字通りすべてを失ってしまった。

 

エスメラルダとの関係性 

美南エスメラルダだと同じように弱き者への愛情、母親の無償の愛のように感じるけど、

エスメラルダは姉、友人への愛情のように感じる。

だから前者はフロローにも与えられなかった基本的な愛情を得た喜び、

後者は対等に向かい合ってくれる友を得た喜びを強く感じた。

 

海宝カジモドには男を感じない。

カジモドになった瞬間からエスメラルダを見送る最後の瞬間まであくまでカジモドを崩さない彼の愛は人間愛だと思う。

海宝カジモドがエスメラルダにはしゃいで柵に登ってみせたりして喜ぶ姿は、

まるで母親の気を引いて笑いかけてもらってすごく嬉しそうにしている子どものよう。

フロローには基本的な愛情さえ与えられずに育ったから、

自分に優しくしてくれる、それだけで大好きで天使のように思ったんだろう。

 

タンバリンのリズムで下手にいる時とか大聖堂で上にいる時とか、

エスメラルダに釘付けになっている姿がとても可愛い。。

もう目が引き寄せられちゃうんだなって分かる前のめりな感じ。

世界の頂上でを歌い始めるエスメラルダの横で嬉しそうに手すりに乗って

柱とか尖ってるところを指先でとんとんしてる海宝カジモドすっごい好き。

そして♪ふたりで、、いる をあんなにたどたどしく歌っておいて

ラスト1フレーズを爆音で歌い上げるところも大好き。 

 

奇跡求めてでの歌唱も自分に優しくしてくれた好きな人が、他の人間に取られてしまう、

もう自分のことは見てもくれないんじゃないかという悲しみ、絶望。 って印象を受ける。

エスメラルダについていくってきっぱり言うの、カジモドには言えないことなんだよね。

彼にはもう一生ノートルダム大聖堂を出る選択肢はない。醜いから。

たとえどこかに逃れても受け入れられることがないと分かってしまったから。

エスメラルダと一緒に行っても彼女を守れないと分かっているから。

エスメラルダが一緒に来てくれないなら、自分がついて行くという選択ができるフィーバスがどれほど羨ましかったことか。

その選択肢すらカジモドには与えられない。

 

海宝カジモドはエスメラルダに素敵な友だちよって言われて噛みしめるように「友だちだ。」って返す。

でもその直後に彼女は息絶えて、カジモドは初めての人間の友だちを失ってしまう。 

 

ガーゴイルとの関係性 

フロローとも親子ではなく、愛に飢えてる。 

だから海宝カジモドにはガーゴイルたちは本当に大切で貴重な大好きな友達。

特に万寿夫フロローだとドライというか厳しめで、

親子的な愛情がなさそうに見えるから余計にガーゴイルたちと仲良く見える。

♪天国の光のときのやりとりとかもすごく微笑ましくて、

その分、Made of Stoneでガーゴイルたちを遠ざけてしまうカジモドとその拒絶にショックを受けるガーゴイルの溝が辛かった。。

絶望故にもうどうしようもできずに見守ってくれるガーゴイルを突き放し一人になった姿が孤独でとても寂しそうだった。

とある回のMade of Stoneは「己の容姿の醜さへの絶望」をすごく強く感じた。 その前の奇跡求めてからの流れも含めて。

 

それにしても短期間でここまで完璧にMade of Stoneを歌いこなせるようになるなんて。。

しかも純粋な歌唱の安定感、完成度をここまで上げながらも、心の通った芝居としての歌を歌えているって普通じゃない。

ああして完全にカジモドを生きながらも歌はどこか冷静を保ち続けている。素晴らしい。

 

■ カジモドと大聖堂の関係性 

陽ざしの中へ に入る前のセリフ、「僕のサンクチュアリー」

自分を縛る牢獄のような暗い響きを感じる。 

憧れとともに強い恐怖もある外の世界。

なんども想像して1日だけで良い、陽ざしの中で川沿いを散歩したいと夢見てたカジモド。

でも海宝カジはそれは無理なんだって思いながらの憧れだったと思うんだよな。

海宝カジは割と陰系なので「ぼくはもう…行けないのか…」の絶望感が非常に高くて好き。

いつかと思ってずっとそれを夢見ていたのに唯一の望みが絶たれてしまうショックが強くて。

だから外に足を踏み出すきっかけになるんだよね。

 

一方でエスメラルダ救出のときの、「サンクチュアリー!聖域だ!」

海宝カジモドの叫びは、この場所、カジモドの生きるこの場所は聖域なのだと思い知らされて踏み込めない。

毎回鳥肌が立つ。。 いったいどこからあの声が出ているんだ。。

あの叫びを聞いて、カジモドの聖域は破れないよ。

 「聖域だー!」の「だー!」の伸ばすときとか叫びの中に悲鳴みたいなの入るよね。。

そしてそのタイミングで左右の石像がパッとライトアップされるのもまた憎い演出。。

 

 

あの癖のない素直な歌声、圧巻の声量、役作りの方向性、

本当に大好きなカジモドでした。

それまで、「爽やかでルックスも良く実力のある王子様」だった海宝くん、

この役に出会って俳優としての実力と魅力が目に見えて上がったと思う。

こんな役も出来るんじゃないか、この役を観たい!そう思う幅がグッと広がりました。

 

マリウスがあるから京都は難しいだろうけど、

横浜公演にはきっと帰って来てくれますように!

 

「身体が、筋肉が許す限り、カジモドという役は演じ続けたい」と海宝くんの口から聞いた言葉を、

ソロライブで歌ってくれた♪Someday を大切に心に残して、

また劇場で海宝カジモドに出会える日を楽しみにしています。

 

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